【義の章~景勝記~】ご近所散策

早いもので水無月ももうすぐ閉じようとしておる梅雨の真っただ中、

皆様如何お過ごしに御座ろうか?

上杉景勝に御座る。

梅雨とは申せど今年はまとまった雨が少のう御座るな。

冬の雪不足と相まってこの先の水不足が深刻な問題じゃな。

かと思えばいきなりな手加減無しの大雨で被害に苦しむ地域もあり、まったく以て自然は驚異じゃ。

 

さて、此度は我らの詰所のご近所にある、お手軽歴史観光スポットを紹介させて頂きまする。

なにしろ今年も「山形夏の陣」に参陣が叶わず。

詰所で留守居役を預かるも、すんごく暇だったのでぶらりとご近所散策して参ったのじゃ。

では、早速参ろう。

此度の紹介ポイントはこちら

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先日の「ドラマチック戎市」でお世話になり申した粡町の商店街マップをお借りして説明して参ろう。

赤い印が、我らやまがた愛の武将隊の詰所の位置に御座る。

今回は詰所から北側の赤丸で番号を振ってある場所を順を追って紹介して参る。

先ず最初に向かうのは

虚空蔵菩薩堂(こくぞうぼさつどう)

虚空蔵菩薩堂

この虚空蔵菩薩堂、元々は米沢藩の重臣、千坂家の菩提寺「一花院(いっけいん)」の置かれた場所。

同じ敷地内に立つ三重の石塔は、かの弓の名手、源平合戦でその名を轟かせた那須与市宗隆の供養塔。

菩薩堂と石塔は千坂家が建てたものと伝えられております。

千坂家は関東管領上杉氏の家臣で、越後守護・上杉氏に従い越後に移る。

その後、上杉氏を継いだ謙信公の家臣となり、その後の上杉家国替えに伴い米沢に移り要職を歴任。

この千坂家が那須家と親戚関係にあり、那須与市が守護本尊としていた虚空蔵菩薩像が伝わったようじゃ。

謙信公に仕えた千坂景親殿が慶長十一年(1606)に米沢にて死去した際、千坂家歴代の墓とし、

那須与市殿を供養する石塔は享保四年に、それ以前からあった塔の鞘堂として建てられたようじゃな。

一花院は幕末期に廃寺となっておるが、前田慶次殿の墓があったとの記述が資料には残っておるそうな。

続いては

関興庵(かんこうあん)

關興庵

こちら関興庵(關興庵)は応永十七年(1410)南魚沼郡石内村字関に開創され、慶長六年(1601)上杉が米沢へ国替えとなるに従い共に移り、上杉家第三代定勝公の時代に寺領地を賜り現在に至る。

この辺りは旧町名を北寺町と申して、この一帯に寺を集め、北から敵が攻めて来た時に対する防衛拠点として配置したのじゃ。

各寺には武器や武具を常備し、有事の際には寺に駆けつけ戦の支度にかかる。

墓石も盾や防御壁として使える様に工夫されておるのじゃ。

関興庵は直江兼続、大国実頼兄弟の生家「樋口家」の菩提寺であることは有名なので御存知の方も多いことで御座ろう、そして大国家の墓所でも御座る。

關興庵 大国家墓地

こちらは大国家の旧墓と新しい墓。

 

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こちらは樋口家の墓。

墓地の随所に江戸時代からと思われる古い墓石が多く、否応なく歴史を感じさせてくれる。

このすぐ隣が

東源寺(とうげんじ)

東源寺

この東源寺は、元々信州飯山にあった直江兼続の母の実家の菩提寺。

正保二年(1645)に米沢に移って参られたのだが、そこに至った経緯については、ここで書き始めると、とてつもなく長く、尚且つ複雑な大人の事情を含む内容なので、いずれ日を改めて書かせて頂く事と致す。

こちら東源寺は直江兼続、お舟夫妻とその嫡子、景明(平八)の菩提を弔い位牌をお守りされております。

毎年、兼続の命日には法要が執り行われ、その日のみ拝観が出来ます。

普段は拝観は行っておりませぬのでご注意を。

境内に入ると右手に五百羅漢像が安置される羅漢堂が御座る。

この五百羅漢像は、凶作に苦しむ農民らの苦しみを思い、豊作を祈願し、同寺二十七世の宗岳和尚が仏師遠藤亀次に製作を依頼、天保の末から文久三年(1863)まで約20年の歳月をかけて彫られたもの。

わしも拝観致したが実に見事、「圧巻」の一言に尽きる!

これは必見に御座るぞ!

現在の羅漢堂は、昭和七年の再建とのこと。

拝観希望の方は予約を済ませてからお出かけ下され。

さて、ここらで腹が空いてくる頃じゃ。

平和軒(へいわけん)

ここまでの道を戻り、今日の昼食は米沢名物の「塩引き寿司」を頂く。

平和軒

創業80余年の歴史あるお寿司屋さん。

店内は昭和の名残が感じられ落ち着いて食事が出来る雰囲気じゃ。

此度いただく「塩引き寿司」は米沢の郷土料理のひとつ。

その昔、内陸の米沢では鮮魚の入手が困難であったことを逆手にとり、あえて塩引きの鮭を使って作る押し寿司。

そのお味は、昨今流行りのサーモン(トラウト)の握り寿司など遥かに凌駕する、上品で豊かな味わい!

鮭の程よい塩加減と寿司飯のバランスが絶妙で、お醤油は付けずにそのままいただくのがよろしかろう。

こういった繊細な味のバランスを保てるのが日本料理の真骨頂じゃな。

出来上がりの色合いが紅白になることから正月や祝いの席にもつきものの塩引き寿司、1100円也。

他にもお手軽な価格のランチタイムメニューなども揃っており、気軽に寄れる本格的なお寿司屋さんで御座る。

定休日は毎週火曜日。

御店主殿、御馳走様で御座った!

さて、腹ごなしに再び歩を進めて参ろう。

最後にご紹介致すのは、我らの詰所の裏通りになる西側の細道にある

粡町公園(あらまちこうえん)

あら町公園土塁

地元米沢の方にも意外に知られておらぬのだが、ここ粡町公園には米沢城三の丸の土塁跡がしっかりと残されておるのじゃ。

城下町米沢と言えども、町中は開発が進み、古くからの遺構はそう多くは残されておらぬ中、とても貴重な風景が詰所のほど近くに残されておるので御座る。

現在はご近所の子供たちの遊び場として平和でのどかな場所になっておるが、先の北寺町と共に米沢城の防備の要となっておった場所じゃな。

生い茂る笹のように見えるのは「矢竹」。

弓矢の矢柄(軸)の材料となる細い竹じゃ、竹が根を張り土塁を強固にし、武器の材料ともなり一石二鳥。

矢竹は真っすぐ成長するので、現在では筆の柄の材料などに用いられることも多いのじゃ。

あら町五穀稲荷

塁上には五穀稲荷大明神の小さなお社が建っており、五穀豊穣を願うと共に、遊びに興じる子供たちの安全と成長を見守っておるようにも見えます。

さて、ここまで駆け足で紹介して参ったのじゃが、此度のコースはゆっくり歩きながら巡っても2時間もかからずにじゅうぶん楽しんで頂けるコースとなっております。

実際に御自身で観て廻って頂けば様々な発見や違う楽しみも御座りましょう、その場に居てこそ感じるものや、歴史や風景が語り掛けてくることも。

他にもご紹介致したい場所や話などきりがないのじゃが、いつの日か町歩きなどしながら、もっと深いところを皆様にお話し出来ればなどと考えております。

此度紹介させて頂いた粡町の他にも米沢市内には歴史の見どころが数多く御座います。

以前の米沢歴史紹介ブログをまだ御覧頂いたことのない方のために再掲載しておきますので、よろしければ併せてご覧頂き、米沢観光の際に役立てて頂ければ幸いに御座います。

【おきたま漫遊録】~愛染明王堂の謎~

【おきたま漫遊録】~米沢歩き 五~

【おきたま漫遊録】~米沢歩き 四~

【おきたま漫遊録】~米沢歩き 参~

【おきたま漫遊録】~米沢歩き~

 

梅雨明けにはまだほど遠いようで御座る、皆さまどうぞ体調を崩されませぬよう御身体御自愛下され。

長々と最後までお付き合い下さり有難う御座った。

では、またお会い致しましょう

これにて撤収!

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【傾奇日記】~熱戦再び!!!~

傾奇御免!!!

 

よぉ~みんな、待たせたなぁ!!! 天下御免の傾奇者、前田慶次利益じゃ!!!

 

いや~「第2回山形夏の陣」、、、

 

楽しかったのぉ~!!!!!!

 

参加していただいた各隊の皆さま、そして見に来てくれたお客様の力もあって大成功でしたな!!!はっはっはっはっはっはっは

 

さぁ~早速その第2回山形夏の陣を振り返ってみようかの!!!

 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。

 

なんと!!! してやられたわい!!!!!!

最上の破壊神、楯岡光直殿に先を越された!!! もう第2回山形夏の陣の武録を書いておるではないか!!!

む~あやつ中々やりおるわ、、、若造だと思ってちと甘く見ておった、、、

ん~仕方あるまい、わしは6月25日に行われた「詰所開放」について楯岡殿よりも面白い武録を書いてやろうではないか!!!

 

 

さてさて今回の詰所開放はおもてなし衣装にて長谷堂の戦いの一部を披露させていただいたぞ!!!!!

夏の陣で披露したものに少し改良を加えたスペシャル版じゃ!!! 詰所でしか見れんからな!!!はっはっはっはっはっはっはっは

 

その後は兼続殿が最上殿からお茶を受けたんじゃ!!!

さすがは出羽の覇者、見事な腕前だったようじゃな。 まぁわしも美味しいお茶の一杯くらいは、、、、な!!!ははははははははっははは

最上殿に一言いただこうかのぉ!、、、

     ドヤ顔しおった!!!!!!怒

 

まぁ今回だけは許してやろう。 今度会ったらただじゃ済まさんぞ!!!

 

そのあとは仲良く座談会じゃった笑

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夏の陣についての感想や要望などがたくさん聞けたの~ より良い夏の陣にしていくために皆の力も必要なんじゃ、これからもよろしくな!!!

 

 

ん???

 

この武録、、、、

 

楯岡殿より面白いか!?!?!?

 

まぁいいか!!!はっはっはっはっはっはっはっは!!!!!

 

では今日はここまで、

 

傾奇御免!!!

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【楯岡光直の粉々日記】~第二回山形夏の陣~

皆、元気かー!

 

通りすがりの破壊神、楯岡光直じゃー!!

 

6月にしては暑い日々が続いておるが体調を崩してる者はおらぬか?

皆、水分補給を忘れずにな!!

体を大事にな!!

 

さて、来て下さった者もたくさんおられると思うが、

昨日、6月19日に文翔館にて開催された

【第二回山形夏の陣】

について書こう!!!

 

昨年に続き第2回目が開催された事、真にうれしい限りじゃのぉ!

此度はなんと!!全国から我らを含め8つの武将隊、観光PRが援軍に駆け付けてくださった!!

更に、大変多くのお客様に来ていただき

我ら愛の武将隊、感激の極みじゃ!!

有り難う御座りました!!

 

 

さて、此度の夏の陣。

最上の破壊神、楯岡光直は忍びの如く駆けずり回って写真を撮っておった!

その写真を少し紹介しよう!

戦場(いくさば)キャメラマン、楯岡光直の写真コーナーじゃ!!

最上家、上杉家、伊達家。は、長谷堂か…

おっ、増えた!

いよいよ耐え切れずワシも入りました!(笑)

漆黒の魔人と最上の破壊神の戦神コラボ!!

和泉殿が…和泉殿がーっ!!!

酒巻殿、いい笑顔じゃのぉ!!

三人の槍使いが!!一人はウチの前田慶次殿です。

直江殿、鎌倉殿、義光殿!!色合いがいいな!

叔父さんと甥っ子が!!良い画じゃなぁ~。(因みにワシも叔父さん)

と、撮られておったか!そして、兄上にも見られておったか!!

 

此度はこんな感じじゃな~!!

 

さて、第2回山形夏の陣、真に楽しい催しであった!!

援軍に駆け付けて下さり共に戦って下さった武将隊、観光PR隊の皆様!

ご協力して下さった関係者の皆様!

お集まりいただいたお沢山の客様方!

多くの方々の力で此度の山形夏の陣を成功させることができました!

これからも共に力を合わせ頑張って参りましょう!!

そして、日ノ本を盛り上げて参りましょう!

 

皆様、本当に有り難う御座いました!!

 

最後に、夏の陣終了後、奥州仙台伊達武将隊様の街歩きツアーに参加させて頂いたのじゃ!

ワシは真に楽しい時間を過ごすことができた!!

そして、もっと精進せねばと心にも火がついたぞ!

伊達武将隊の皆様、参加してくれたお客様方有り難う御座いました!

 

長くなったな!

此度はここらで失礼しよう!!

皆、熱中症に気を付けてな!

 

では、コメントしないと粉々にしてやる!!

さらばじゃー!!

 

 

 

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【義の章~景勝記~】お宝と白い花

ひと月ぶりの登場となります、上杉景勝に御座る。

いよいよ我が城下も梅雨入りとなりました、梅雨明けの予想は来月末、25日頃だそうな、この辺りは梅雨が長くて敵わん。

とは申せども、日ノ本各地は深刻な水不足にありますゆえ、ここいらでまとまった天水がないと日々の営みに障りが出てしまう。

なんとも痛しかゆしに御座る。

そんな中、本日は米沢市、伝国の杜・米沢上杉博物館にて開催中の

「米沢中納言 上杉景勝 (後期)」にと出向いて参りました。

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この展示、以前にもご紹介申し上げておりますが、会期は2016年4月16日~6月19日迄となっており、

更に前期と後期に分かれ、展示内容が変わる贅沢な催事となっております。

既に終了した前期(4月16日~5月15日) は素晴らしい展示内容で、大勢の方に御覧頂き喜んでおったので御座りますが、

此度の後期(5月21日~6月19日)も前期から大幅に展示内容を変え、さらに観ごたえのある内容となっております!

国宝、重要文化財、併せてその数55点!

国宝だけでも30点と、目も眩むほどのお宝を目の当たりに出来るので御座います!

詳しき展示内容をここに記すのは、まだ御覧になられておらぬ方にはネタばらしとなってしまう故、憚られますが、

わしが太政官位、兼続が官職を賜った、

「後陽成天皇口宣案(ごようぜいてんのうくぜんあん)などは観るだけで震えが来ますぞ。

他にも・・・◎▲θ×♪Ψ□〇〒Φ▽÷Σ・・・などなど。

タイムリーな真田に関わる資料も見逃せまい!

 

これ以上ないくらいの満足感で展示会場を出ると、

おや?

伝国の杜、入り口の前にある小高い丘の手前に白く咲き揃った小さき花・・・

伝国前・蕎麦の花

この花、皆さまは何の花か、おわかりになりますかな?

ひと目でおわかりになられた方は、かなりの「通(つう)」に御座いますな。

わしもこの場所に、まさか!と思ったので御座るが、

これ、「そばの花」で御座る。

派手さは無いので、一見、見過ごしてしまいそうになりますが、さり気ない風情を醸し出しております。

米沢の蕎麦と申せば、我が時代、河川の氾濫や街道防備の任に当たらせた、上杉下級武士「原方衆」が先駆者となり、荒地を開墾し、市内南原地区で栽培を始め、今に伝わるご当地名物。

こうしてさり気なくも、強くひたむきに咲いておる様はまさに「原方衆」にも似ておる。

なんとも清々しい気分に御座った。

上杉神社、松が岬公園にお越しの際にご覧下され。

米沢にお越しの際はこんなお土産は如何かな?

上杉・慶次・伊達カルパス

旨味凝縮の上杉カルパス

ピリっと辛い慶次カルパス

歯ごたえしっかり伊達カルパス

どれも食べごたえが御座ります!

松が岬公園に御座る、上杉城史苑などでお買い求め頂けます。

「米沢中納言 上杉景勝」展は次の日曜、6月19日迄となっております。

是非、ご覧下され!

あっ!

19日は「第二回 山形夏の陣」ではないか!

なれば、前日に「米沢中納言 上杉景勝」展をご覧頂き、翌日「第二回 山形夏の陣」に参陣して頂くのが良かろう!

国宝を観て、次の日には国の重要文化財。

なんとも贅沢なツアーで御座る!

え?

勝手な事を申すな、と・・・?

たしかに・・・。

ところで・・・

わしは夏の陣に参陣出来るのか???

 

とりあえず

これにて撤収!

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【直江日記】~上杉神社・ドラマチック戎市へ出陣の巻~

皆様、調子は如何でございましょうか。

喉の調子ならいつも絶好調(!?)の

直江兼続に候。

 

 

此度は昨日の「ドラマチック戎市」と一昨日の「上杉神社」の出陣報告を

させていただきますゆえ、どうかお付き合い下され。

 

まずは「上杉神社」から

 

七期が始まって以降、残念ながらなかなか出陣する機会が少なく、

久しぶりで御座いました。

 

暑い中ではありましたが、お越し下された皆様、本当に感謝致しまする。

謙信公きっとお喜びのことでしょう!

 

団体のお客様もおられたようで、

少しでも多くの方々に我らを知っていただけたのであれば御の字。

※↑我らのドヤ顔…いや、キメ顔でござる!

※↑ご覧下された皆様、感謝感激雨霰!

 

皆様の更なるご期待に添うべく今後も精進致しまする。

 

※↑ご厚意で、よねおり頂戴致しました♪これは大事に致さねば…

 

これからはもっともっと気温も高くなり暑い日も御座いましょうが、

そんな日は…

うこぎソフトクリーム」でも食べて涼しくなって下され!

うこぎソフト

※↑もちろん、某の自撮りで御座るぞ♪

え、地鶏!?お戯れを…

 

甘くて食べやすい味になっておりまするゆえ、某のお薦めじゃ!

 

そうそう、米沢市上杉博物館にて今行われておりまする我が殿の

「米沢中納言 上杉景勝」

には、皆様はもうお越し下されましたかな?

 

現在の後期展は今月の19日(山形夏の陣・父の日!)までで

御座いますので、まだの方は是非お急ぎを!

 

 

さてさて、昨日の「ドラマチック戎市」でござるが

我が詰所前に白いキャデラックが…

 

実はこの戎市は粡町戎市歩行者天国内にて

クラシックカーショーも行われておりまして

その一台で御座いました。

 

もしクラシックカーショーのようなものを我らの時代で行うとしたら…

きっと馬揃えや馬市などになるやもしれませぬな(笑)

 

プロレスあり屋台ありステージイベントありのこの戎市。

お越し下された皆様は大いに楽しめたのではないでしょうか。

 

そうした中での我らの出陣。

誠に光栄!!

 

※↑皆様の前に立つ度、初心にかえる思いに御座る…

 

演武中に某が語った粡町公園山形県米沢市中央4-3403-1)は

西條天満公園山形県米沢市門東町3丁目)と同じく、

某が築いた米沢城三の丸土塁の名残となる遺跡が御座いまする。

 

実際に訪れて当時に思いを馳せて下さる方がおられれば某、感激じゃ!

 

 

兎角しておるうちに「第2回戦国武将 山形夏の陣」まであと6日。

むむむ、もう1週間を切っておるではないか!

 

皆様のお越しを心よりお待ちしておりますぞ!!

 

今後も我らの武録(ぶろぐ)をお楽しみに!

 

 

では本日はこれにて、さらばじゃ!

 

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【出羽の歩き方】~山形夏ノ陣 参陣ノ心得~

皆さま、お早う様じゃ!

朝っぱらから、最上じゃ!

さぁ、待ちに待った「第5回日本一さくらんぼ祭り」「第二回山形夏の陣」まで残すところ一週間となった。

我が領地ではさくらんぼも良い具合に色づいてきており、弥が上にも期待感が高まろうというもの。

既に山形へ御越し下さる予定、或は支度なされておられる方も大勢おられるようで、なんとも嬉しく、有難きことで御座る。

さて、我らのホームページの出陣表にてお知らせ、そして前回のわしの日記でも記しております通り、

此度の「第二回 山形夏の陣」会場となる【山形県郷土館 文翔館】は、今年100年を迎え、国の重要文化財に指定されておる歴史的に貴重な建造物に御座います。

故に様々な制約が御座る。

文翔館・議場ホールで戦国絵巻をお楽しみ頂くうえでは次の注意事項を遵守して頂けますよう、何卒ご理解とご協力をお願い申し上げる次第じゃ。

【山形夏ノ陣 参陣ノ心得】

・其の壱  建物を傷付けぬよう、お願い申しあげ御座候。
建物(床材)を傷めますので、下駄、金具付きの靴、ハイヒール等での入館は固くお断りしております。

そういった履物でご来場のお客様には、ご入館なさる際に、備え付けのスリッパに履き替えをお願い致します。
其の弐 三脚を用いての撮影は、客席の最後列に保護シートを敷いた撮影場所を設けて御座りますゆえ、

    その範疇にて撮影をなしくださるべく候、ご協力の程お願い申しあげ御座候。

其の参 議場ホール内にて飲食は致すまじく候、ご了承願い候。

其の四 館内及び敷地内は全面禁煙と相なり申し候、ご了承願い候。

其の伍 館内及び敷地内は火気厳禁と相なり候。

して、最後に

其の碌 第2回 山形夏の陣を全力にてお楽しみ願い申し上げ候。

 

以上の約束をお守り頂き存分にお楽しみ頂きとう御座る。

飲食は禁止じゃが、開演中の出入りは自由、休憩時間も設けておりますゆえ、ご安心を。

基本的ルール、マナーさえ守って頂けばガチガチに厳しいものでも御座らぬ。

むしろ、この様な貴重な場で武将隊文化の粋を御披露、開催出来ます事は「大きな意味」があり、この瞬間に皆さまにお立会い頂けますことは誇りであり、快挙に御座る。

どうぞ安心してお越しいただき、大正時代初期のロマンを今に伝える建物と、戦国の世を駆け抜けた甲冑武者達との時空を超越したコラボレーションをお楽しみ下され。

 

そうそう、文翔館の来客用駐車場は駐車できる数に限りが御座います。

満車の場合は、有料となりますが、近隣駐車場をご利用いただくか、

または山形県庁駐車場(無料)に駐車して頂き、無料シャトルバスにて会場まで御越し下され。

御来場下さる皆さまに楽しんで頂けます様、武将、スタッフ、関係者一同、精一杯努めさせて頂く所存。

お会いできますことを楽しみにお待ち致しております!

 

本日はここまで!

出羽、さらばじゃ!

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【直江日記】~山形県観光物産協会総会へ出陣の巻~

今日は良い天気でしたな。

まさに戦日和(!?)でござる!

直江兼続に候。

 

 

我らにとって「戦」と申せば出陣(出演)という意味でござれば、

天候の良い日はとくに出陣したくなる気持ちが沸き起こるのでござる。

 

さあ、そんな今日でござるが

山形市にて「山形県観光物産協会 総会」に出陣して参りました。

 

演武時間は短くとも、なかなかに白熱した時間で御座った。

こらからも我ら山形県の観光事業の成功に尽力致す次第。

※↑我らの山形への思い、天まで届けじゃ!

 

観光のかたちは時代とともに変化しておるように御座るが

皆様は観光がもっと面白くなるにはどういうものがあれば良いと思われまするかな?

 

仮に現実味がなくとも、単なる願望でも構いませぬので

何か思いつかれましたらこの武録のコメントにてお願い致しまする。

 

面白きコメントあらばお会いした際にでもツッコミ致すかもしれぬぞ(笑)。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

※↑県内外の皆様に愛されてこそ「愛の武将隊」でござる!

 

 

さて明日は上杉神社

明後日はあらまち商店街のドラマチック戎市にて

演武も控えておる。

 

皆様、是非ともお越し下され。

詳細は我らのホームページの出陣表を御覧下されたし!

 

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此度から不定期(気まぐれ!?)で

~直江山城守のすばらしき米沢漫遊記~

のコーナーを始めると致そう。

 

まずは、先日のツイッターの補足で御座いますが、

某が食したのは山形名物「かいもち」でござる。

かいもち(そば処弥平)1 画像修正版

※↑あれから某なりに苦心して画像を修正致したが少しは見やすくなりましたかな?

 

蕎麦粉で作ったお餅のような「かいもち」は、

ふわふわして面白い食感じゃ。

中華パンを更にもっちりさせた感じにも似ておるぞ。

 

実は見た目以上に満腹になりまするゆえ、

「半分かいもち」でまずは味試しも良いやもしれぬな。

 

食し方はそのままで御座るが…

かいもちを一口大に切ってタレを付けて召し上がって下され。

 

タレは荏胡麻と納豆の2種類あるがどちらの味も捨て難し。

荏胡麻の場合はちょっとした和菓子感覚の味。

 

なお、「半分かいもち」の場合は

どちらかのタレしか選べぬ場合があるゆえ注意で御座る。

 

そもそも「かいもち」は昔の非常食として米や食料が少ない時期に

食されておったという歴史があるのじゃ。

 

蕎麦は比較的肥沃でない土地でも作れ、

麺状にすれば日持ちしないが

粉状であれば日持ちするということから、

食べる分だけ餅状にするようになったとのこと。

 

そんな歴史ある「かいもち」は

山形におられた大先輩方の生活の知恵そのもので御座いましょう。

 

さて、気になるお店の場所は…

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そば処 弥平

山形県米沢市中央1丁目2番47号

11:00~19:00

定休日:木曜日

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そば処弥平

 

今後も我らの武録(ぶろぐ)をお楽しみに!

 

では本日はこれにて、さらばじゃ!

 

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【出羽の歩き方】~さくらんぼ祭りの歩き方・古戦場 続編~

前回の日記から丁度ひい廻り、水無月に入り早一週間が過ぎましたが、皆さま如何お過ごしかな?

最上じゃ!

実は今年の水無月(6月)は記念すべき月なので御座る。

山形県旧県庁舎、つまり現・山形県郷土館「文翔館」建物が完成したのが、大正5年(1916年)6月。

2016年の今年が記念すべき100年なのじゃ。

明治9年、山形県が成立、同10年に山形県庁舎が建設されたのじゃが、明治最後の年となった同44年5月の山形市北大火により消失。

ただちに復興が計画され、大正2年4月に着工、同5年6月に完成したのが現在の山形県郷土館「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)じゃ。

昭和50年まで県庁舎として使用されておったが、県庁移転後の昭和59年に国の重要文化財に指定され保存される事となった。

その後、昭和61年から平成7年9月にかけ10年に及ぶ修復工事が行われ、完成。

修複工事にあたっては、極力在来の材料を使用し、従来の工法、施行による創建当時の姿の復原を目指した。

建物の外観、内部はもとより、カーテン、壁紙、シャンデリア、絨毯など、細部に至るまで出来る限り復元を目指し、床材のリノリウムは、日本では既に製造されていないため、ドイツ製を使用。

議場ホールは美しいヴォ-ルト天井や正面出入り口上のバルコニーを復原。

斯様な、「古き良き大正文化とロマン」を今に伝える「文翔館」の記念すべき年に、この会場にて「第二回山形夏の陣」という武将隊文化の祭典が開催出来ること、武将冥利に尽きると共に身の引き締まる思いに御座る。

各地の同志の皆と共に是非とも成功させねば!

 

さて、前置きがだいぶ長くなってしまったので、前回の続きをサクサクと参ろう。

長谷堂城址、八幡口よりスタコラサッサ歩を進め山頂の屋敷跡はもう目前。

長谷堂山頂

おすすめ周遊コースの道標には従わず、ショートカットコースで山頂を目指すとすぐに赤い鳥居が並んで目に入ってくる。

そう、ここがまぎれもなく長谷堂城が存在した城址。

登り切ると一気に視界が開け「長谷堂城址」の石碑が出迎えてくれる。

下界を見下ろすと山形市内、遠くには微かに山形城(霞城公園)も確認出来る。

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良い風が吹いておるので、ここでちょっと一休みがてら腹ごしらえじゃ。

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これじゃないとはじまらぬ!

416年前のあの時は落ち着いて飯を味わうどころではなかったからのぉ。

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山頂から眺めると当時、上杉の直江軍が本陣を敷いた菅沢の山は目の前、距離は約1㎞程のところ。

直江軍からすればこちらの様子をうかがうには絶好の布陣であったろう、が、こちらからも良く見渡せ、敵の動きは手に取るようにまるわかりじゃ。

当時の長谷堂城主は、志村伊豆守光安殿。

この志村殿が頼もしき漢なのじゃ、年の頃もわしと近く、なにかと最上家のため力を尽くし成功の原動力となった、今でいう「出来る男」。

この長谷堂戦でも、家臣の大風、横尾ら2百余の足軽で決死隊を組み、上杉軍へ夜襲を仕掛け、8名の犠牲者を出したものの、上杉軍100名以上を討つ大戦果を上げておる、9月16日の夜の事であった。

「たかが小さな山城」と高をくくっておった直江山城殿だが、すでに9月下旬、ここまで長谷堂城への3度の総攻撃を試みたが城は落ちなかった。

長谷堂城の周囲はあたり一面田んぼ、直江軍の兵は、ぬかるみに足を取られ動きを封じられ、更に我が弟、楯岡甲斐守光直率いる鉄砲衆と弓隊の一斉射撃を浴び大苦戦。

副将・鮭延越前守秀綱殿の見事な奇襲戦にも翻弄され、最上精鋭部隊の前に城を落とせぬまま関ケ原、西軍敗戦を知ることとなったのじゃ。

こうして2万人以上とも伝わる上杉軍の攻撃から我が最上軍はたたの数千の兵で山形領を守り切ったのじゃ!

しかしながら、双方共に多くの尊い命の犠牲を払った事にはかわり御座らん。

今にして思えば血で血を洗う戦のなんと虚しき事か。

そんな思いで城址を後にして下山致した。

城址公園周辺にはこの戦で散った戦没者の慰霊碑があちらこちらに立ち、今なお、時折花を手向け偲んで下さる方がおられます。

弔い塚

そして、長谷堂城と菅沢山の丁度中ほどあたりの田んぼの所には、剣聖の誉れ高き、上泉信綱殿の孫にして剣豪と呼ばれながらこの戦に散った、上杉方の上泉奏綱殿の魂を弔う「主水塚」がぽつりと立っております。

主水塚

この田んぼこそが、思うように長谷堂城を攻めきれず手をこまねいて焦る直江軍が、最上軍のあぶり出しを狙って「刈田狼藉(青田刈り)」を決行した田んぼじゃ。

この直江軍の暴挙に黙っていなかったのが、出羽の猛将、鮭延秀綱殿。

この所業が鮭延殿に火を点けてしまった。

怒り心頭ながらも冷静沈着な鮭延殿は、自分の手勢を引き連れ田を荒らす兵達に突撃し、電光石火の早業で見事蹴散らした。

後々までの語り草となる大活躍!

ちなみに、最上四天王に名を連ねる「鮭延秀綱」と「延沢(野辺沢)満延=のべざわみつのぶ」、この両名は力持ちと言われたわしでさえタジタジのパワーファイターなのじゃ。

関ケ原の結果により、攻守逆転した最上と上杉。

我が領地を好き放題に荒らされて黙って帰すわけにはいかん!

撤退する上杉を追撃となったのじゃが、この時のわしの姿が山形市内、霞城公園の騎馬像なのじゃ。

霞城公園組み合わせ

我が指揮棒が指す方角は長谷堂城、そして追撃戦の舞台となった富神山の方角じゃ!

日ノ本にたったひとつ!二本足で立つ躍動感たっぷりの騎馬像は是非、山形城址・霞城公園にて御覧下され。

この追撃戦でわしは迂闊にも兜に被弾してしまったのじゃが、その弾痕が残る兜三十八間覆輪筋兜の実物が、霞城公園すぐ隣に御座います、最上義光歴史館常時展示して御座る。

最上歴史館

入館料は無料

開館時間は午前9時から午後5時まで (入館受付は午後4時30分まで)

休館日は月曜日(国民の祝日と重なる場合はその翌日)

山形にお越しの際は是非こちらも併せて御覧頂きとう御座る。

 

そうそう、実は長谷堂城の大手門の門扉の実物もしっかり現存しておるのじゃ!

この貴重な歴史の証しは、山形市内の小白川にある山形大学の附属博物館にて常設展示されておる。

こちらも入館料は無料じゃ。

前々回紹介致した、我が愛娘・駒姫の菩提寺、専称寺からもほど近いので興味のある方は足を運んでみて下され。

 

さて、だいぶ長くなってしまったので古戦場・長谷堂編はここら辺で終いに致そう。

まだまだ伝えきれてはおらぬのじゃが、この位予習しておけば「山形夏の陣」でも楽しんで頂ける事で御座ろう。

 

本日はここまで!

出羽、さらばじゃ!

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【大国実頼日記】~板谷街道を歩く~

皆、元気か?

ここ最近、毎日汗だくの大国実頼じゃ~!

 

もう世の中は本当に暑いのぉ

早くも夏が顔を見せておるな~!

 

夏というのは人々を活気付かせるが、その反面体にも疲れがたまるものじゃ。

皆、体調に気を付け元気に楽しく夏を過ごして欲しいのぉ!

 

 

さて、本日は

駅長オススメ小さな旅~米沢藩参勤交代の板谷街道と鉄道遺構見学~

に出陣して参った!

 

大沢駅から板谷街道を歩き鉄道や歴史に関するものを見学するという旅じゃ。

やまがた愛の武将隊も参加させて頂き、真に有り難き事じゃ。

 

福島と米沢を結ぶ板谷街道、我が上杉とは所縁の深い場所じゃ。

古くは伊達家が米沢を治めていた時代に整備され戦国時代には伊達政宗公も戦に赴く為使用した道じゃ。

その後、上杉が米沢を治め板谷街道は、米沢と江戸を結ぶ重要な道となったのじゃ。

 

此度の旅のテーマでもある参勤交代。

板谷街道は道が険しく、庄内藩や秋田本荘藩藩はこの街道を使う事が無かった。

そのため、米沢藩専用の街道となったのじゃ。

 

 

まぁ、難しい話はこのくらいにしようかのぉ。

 

本日は、参加者の皆様と共に少しばかり歩かせていただいたのだが

やはり現代でも少しばかり険しい道じゃなぁ。

 

しかし、大自然に囲まれ天気も良くてな、真に気持の良い場所であった。

この様に、見事な林の中じゃ(笑)

殿の兜にも自然の恵みが!!

・・・・まぁ、楽しんでおられたのじゃ。

この写真でもわかるが草木が生い茂っていてな、沙霧は山菜を摘んでおったな。

 

おお、そうじゃ!

この板谷街道は慶長6年(1601年)に前田慶次殿が京都から米沢へ帰る際に歩いた道だそうじゃ。

しかも11月の冬にこの街道を通ってきたんじゃからなぁ、やはり変わり者じゃのぉ。

当時もこの男は、このように楽しそうに休んでおったんじゃろうなぁ。

ワシが兄者とギクシャクし始め・・・・・

ぬあぁあぁ!今日はここらでやめよう!

 

 

最後に、此度はこのように素晴らしき旅に参加させて頂き有り難きことじゃ!

参加者の皆様とも共に楽しき時間を過ごせて、我らも大変勉強になり申した!

本日、我らと時を共にした皆様、有り難う御座いました!

 

 

 

 

 

・・・あっ、ワシと兄者の写真が無い・・・・・・まぁ、いいか(笑)

 

 

では、さらばじゃ~!!!!

 

 

 

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【直江日記】~第25回いちょう祭り出陣の巻~

皆様、ご無沙汰でござる!元気にしておられましたかな?

直江兼続に候。

 

 

此度は「第25回いちょう祭り」に出陣致しましたゆえ、御報告申し上げましょう。

 

祭り会場の「いちょうの家」がある南陽市には開湯約900年の赤湯温泉が有名でございまして、

米沢藩御用達の上杉の湯として代々守られてきた由緒ある温泉場でござる。

 

我が上杉家が直々に加護してきた温泉は、置賜地方に数ある温泉場のうち、

この「赤湯」と「米沢の小野川」で御座いまする。

 

さすがに今日は温泉にゆっくり浸かって…というわけにはまいりませんでしたが、

祭り会場を大いに盛り上げてきましたぞ。

※↑天気が良くて何より。

皆様に喜んでいただければ我らとしても、やり甲斐があるというもの。

 

それにしても屋台は美味しそうでござった。

※↑このケーキが¥200でござるぞ!甘味もたまには良いのぅ。

 

慶次殿と実頼の殺陣コーナーを見ておると儂もついつい血が騒いでまいる。

※↑兼続Tシャツはなにげにすごく嬉しかったでござる♪ありがとじゃ…

 

ただ、戦国の世において軍を率いる者は血気盛んは結構なれど

匹夫の勇であってはならぬ。

 

冷静に戦場を見つめ、総攻撃の時期を見計らう…

 

しかし、いざという時の我が身は己で守らねばならぬ。

ということで日々の修業にも精が出るというもの。

 

身体を動かすのは実に良い!

一時であれ余計な事を忘れさせてくれ頭がスッキリするのじゃ。

 

皆様は運動はお好きですかな?

 

運動と言えば…ということで、明日は「板谷街道ウォーク」に同行致す。

 

米沢城下形成に重要な役割・歴史をもつこの街道。

今からとても楽しみじゃ。

 

今後も我らの武録(ぶろぐ)をお楽しみに!

 

では本日はこれにて、さらばじゃ!

 

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