皆様、お晩で御座る、最上義光であるぞ!
早速ではあるが、相も変わらず此度も
【出羽山寺参拝記 後編】と参る
左右から鋭い眼光の仁王尊像の視線を感じながら「仁王門」を抜け先を急ぐ。
今年のお天道様はたいそう御機嫌が良いようで、長く急な石段を登るワシを、大阪のオバch容赦なく豪快に照りつけてくれる。
次に目の前に現れたのが「性相院(しょうそういん)」。
御本尊様は慈覚大師が自ら彫った丈一尺余りの阿弥陀如来様。ワシの妹であり、仙台藩初代藩主「伊達政宗」の母でもある「義姫(保春院)」の(※)日牌所となっておる。(※位牌を安置して毎日供養する所)
四百年以上経った今でもこうして大勢の方が忘れずにに訪れて下さるとは、なんとも有難き事じゃ、「義」もさぞ喜んでおるであろう。
義にも逢って満足し、次へ向かおうとしたその時!
突然強い風が吹きあげ、辺りには砂埃が舞い上がり目を開けていられぬほど。
「なんじゃっ!どうしたっ?」
これは「義」の歓迎の挨拶か?
相変わらず気性の荒いお転婆な妹じゃ。
さて、ここからは進路が二つに分かれておる。
気を取り直して目指す奥之院の方へ足を進めると、今度は「中性院(ちゅうせいいん)」が見えてまいる。
御本尊様は阿弥陀如来座像。そして、ワシ「最上義光」、並びに「新庄藩 戸沢侯歴代」の日牌所となっておる。
さらに、この「中性院」建物の前方、奥の方にはワシの※霊屋(おたまや)が残っておった。(※霊屋 死者の霊を祭る建物で、葬儀の 前に死体を安置しておく場所)
なんともみすぼらしい質素な建物・・・、しかも場所が場所だけに気づかずに通り過ぎる方が多いのじゃ、説明や案内板なども無いしのぉ(涙)
もっと以前は物置のような状態になっておったとか・・・(激泣)
酷い扱いじゃ・・・、「やっぱりワシは・・・、いらない人間なんだ・・・」
「こんな時、どんな顔をしたらいいかわからぬ・・・」
…………………笑えばいいとおもうよ…………………
・・・!
そうじゃな、霊屋が残っておるだけでもありがたい、そしてこの様に小綺麗にして管理して下さり、感謝感謝じゃ!
さあ!気を取り直して先を急ごうぞ!!
ここから目的地「奥之院」迄は近い!
「62秒でけりをつけるっ!」
奥之院「如法堂」。慈覚大師が、中国で修行の際に持ち歩いた釈迦如来と多宝如来を御本尊様としており、明治5年に再建されたそうじゃ。この建物の左側には「大仏殿」があり、像高5メートルもある「金色の阿弥陀如来様」を安置し、毎日、卒塔婆供養が行われておる。この金色の阿弥陀如来様も残念ながら撮影禁止、故に画像はござらぬ。
振り返り下界の景色を見るとこんなにも高い所まで来たのかと感慨深いものが御座った。ここ迄の長い石段をひと足ひと足と登り辿り着いてはみたものの、我が煩悩は殲滅消滅され、邪心は浄化されるのだろうか・・・?今の自分が絶対では無い、あとで間違いに気づき後悔する、人生はその繰り返しじゃ・・・。
「……でもワシはここに来たいと思った、その時の気持ちは本当だと思うから」
などと感慨に浸っておる場合ではなかった、ここはまだ終点ではないのじゃ!
ワシが修造した納経堂をまだ巡っておらぬではないか!
ちょいと横道にそれると「三重小塔」が御座る。建立は永正16年(1519年)6月。この塔は、相輪頂までの高さが2.4m余りという日ノ本中探してもこれより小さい物は無い珍しい塔で、国の重要文化財に指定されております。小さいが見事な造りじゃ!
手を合わせ、ソソクサと来た道を「性相院」まで戻り、今度は先ほどと反対の進路へ。
慈覚大師の遺骸を納めたと言われる「入定窟(にゅうじょうくつ)」を横目に進むと
ここが「開山堂」、慈覚大師の木造尊像が安置されておる御堂、そして向かって左、岩の上に建つ赤い小さな堂がワシが修造した、写経を納める「納 経堂」で、山内で最も古い建物じゃ。県指定文化財とされておる。
ここから先の高台には五大明王を祀った天下泰平を祈る道場、「五大堂」と言う建物があり、断崖に突き出すよう建てられたお堂から辺りを一望出来、山寺中随一の絶景を堪能できる。
建物や住まう民は変われど、街並みは昔と変わらぬ。ん~、時を経ても人の営みのはなんと素晴らしいこと!
…………………あなたが守った街よ…………………
さて、心も満たされたところで下山すると致そう、下りも大変そうじゃが・・・
登りも下りもワシにとっては等価値なんじゃよ。
さて、ここまで3回にわたり長々と拙い参拝記にお付き合い下さった皆様方・・・
【愛】の武将隊、此れからの出陣予定じゃ
6月23日(日) 長井市あやめまつり「あやめにぎわい市」に出陣
置賜も梅雨入りし、日々天候が不安定じゃ。予定が変更となる場合もあるやもしれぬ。不明な点など、詰所にお問合せ頂ければ幸いじゃ。
其れ出羽
本日は此処迄!
さらばじゃっ!
しかし非情にも新たな現実を突き付けられ、難しい選択を迫られる・・・
苦悩の末にヨシアキが出した答えとは・・・
次回
【出羽山寺参拝記 番外編】
さぁ~て、次回も裟阿毘棲 裟阿毘棲~!
腰もボロボロ、奥歯もボロボロ、医者に行かねばなりません。
山寺は神秘的なところで、なにやら、ボロボロになった、私の体が良くなりそうです。
仏教の書籍を読んで、今回のブログ、更なる理解をしたいと思いました。
腰痛い…
義光様☆こんばんは(^o^)丿
山寺立石寺案内図を見ると、改めて、これは登山だな!
と思いました。
そこを、あの暑い5月!お登りになったのですねぇ
自らの墓標を訪ねに……(゜゜)~
一口に山寺ーー立石寺ーーと言っても、
一つ一つの建造物、建立物に様々な歴史があるのですね~
義光様の徒然日記を参考にして、山寺登山・参拝に参りたくなりました。
でも…今からはちょっと…秋口になって、天が高くなってからなどと
我に都合良い考えをしています。
ナント(@_@;)番外編も?!楽しみです(*^^)v
暑くなるにしたがって、各地の夏祭りも賑わい、皆様の出番も多くなってきますね!
水分や栄養に気をつけて、山形おきたまを盛り上げて下さい!(^^)!
最上さまこんばんは。
参拝記ずっと楽しみに見ておりました(´∀`*)
お写真を見てるとすごく歴史があって神秘的な場所なんだなと思いました..。
是非行ってみたいです!
番外編も楽しみにしています( ^∀^)
義光様こんばんは〜´`*
私は山寺に行ったことはありますが、ほとんど登れなくて悔しい思いをした経験がありますf^_^;
ブログを読んで、魂の洗濯のつもりで登ってみたくなりました!
また、現地の方々も優しかったのを覚えています♪“誰かと話すって心地いいのね。知らなかった。”
でわ、次回のサービスも楽しみにしてます!明日の出陣も頑張って下さい^^*
こんばんは!
写真がとてもきれいですね。
次回予告が 楽しみですよ。体調は大丈夫ですか?
明日の出陣が 楽しみです。
最上様
こんばんはでござります。ヾ ^_^♪
「山寺参拝記 後編」お疲れ様でした。
よくぞ参拝やり遂げられました。\(^^@)/
参拝をしながらちょっとした山登りでございましたね。
400年以上経っても人々の敬虔さは変わりませんね。
多くの方が最上家を慕い敬いながら登ってきたのでしょう。
義姫様も砂埃を巻き上げ兄上様を歓迎されたようですね。
頂上からの眺めも400年の時を思い感慨深いものがあったのでしょうか。(*´∀`*)
綺麗なお写真もたくさんで裟阿毘棲していただきましたよ。
また「番外編」があるとのこと。一体何があったのでござりましょうか。
ドキドキしながら楽しみにしておりまする。
出羽、またでござります。(^o^)/
義光様お久しぶりでございまする、ヒカルです
一度は行きたいと思っていた場所をご案内下さり、感謝で御座います
保春院様も兄上様がお見えになられ、喜んだ事でしょう
夏の米沢は暑いと思いますが、お身体にはお気をつけ下さいませ